人生を楽しむということ

 僕が違法薬物を使い始めたのは、高校1年生の夏の事です。

きっかけは、2才年上の兄からの誘いでした、好奇心旺盛な僕は、二つ返事で誘いに乗りました。初めて使った感想としては「まぁこんなもんか」って感じでした、「使っているうちに分かってくるからさ」と言われて、それを気に定期的に使うようになりました。

言われたとおりでした、使う度効果が実感出来る様になり「こんなに良いものはないや」と思うようになりました。

 勉強も運動も割と器用にこなせるタイプでした、特に学歴などにこだわりはありませんでしたが高校は地元の進学校に行きました。

今思えば、周りの雰囲気や人間関係に馴染むことが出来ずに、息苦しさを感じながら生活を送り、淋しさ、退屈、孤独を感じていた矢先に薬物と出会い、それを埋めるのには絶好のものだった様な気がしています。

 薬物使用を続けている内に僕は「自分は周りの人間とは違うんだ」と思う様になり、そう思うことで、自分を守る様になっていった気がしています。

 学校は休みがちになりましたが、何とか卒業まで漕ぎ着けました、一般的なレールから外れることに恐れを持っていました、人並みに高校は卒業するもんだって言う囚われもありました。周りの人間とは違うと思いながら、周りと同じレールの上を歩いていくと言う、なんとも矛盾した考えを持ちながら器用にバランスをとって生きていました、その考えが、後々の自分の生き辛さや依存的な考えに大きく関わってくる事になります。

 そんなこんなで、大学に進学して、道を大きく外れるでもなく、真っ直ぐに進むでもなく、持ち前の器用さで人並みに遊び、人並みに恋愛をして、人並みに薬物を使いながらダラダラと目標もなく生活を送り続け、大学生活という、モラトリアムな期間は過ぎて行きました。

 僕が就職先に選んだのは、大手の飲食チェーン店の社員でした、就職先の水が肌にあったのか、僕は水を得た魚のように働きました、正直な話、仕事が楽しくて仕方ありませんでした、薬物を使用する事も忘れて、休日も返上して、仕事に没頭しました、身体の疲れも、心の痛みも感じないほどでした、仕事に依存していたのでしょう。


 そんな最中、付き合っていた女性との間に子供が出来ました、この時も、僕の中のこうあるべきだ、と言う考えが先行して無計画に結婚して、子供を育てていくと言う選択をしました、無計画と言うのは、僕の中で、今の仕事を続けて行く覚悟も、結婚して夫になる覚悟も、父親になる覚悟も全く出来ていなかったと言う事です。


 そんな時に、大地震が起こりました、東日本大震災です、日本中が混乱していました、が僕の頭の中も同じ位混乱していました、僕の勤めていた飲食店もことごとく計画停電の的になり、満足に営業することができなくなりました。

そのタイミングで、僕の中の張り詰めていた糸が切れました、薬物の再使用が始まりました、以前とは使っていた薬物の種類も違った事もあり、僕の薬物使用はもう止まりませんでした。

すべての責任を投げ捨てて、ただひたすらに薬物を使用し続ける日々が始まりました、あんなに一生懸命だった仕事も、もうどうでもよくなりました、毎日、毎晩、現実逃避の繰り返しでした、仕事から、家庭から、父親になるということから。でも逃げ場なんてどこにもありませんでした、薬物を使うと言うこと以外は。

 僕は身体と精神を病み、実家に帰ってきました、それでも薬物使用は止まりませんでした、仕事を失い、妻や子供が去っていっても、何も感じませんでした、薬物さえあればそれで良いと思うようにさえなりました、薬物で感情にフタをしていたような気がします。

 しばらくして、僕は精神病院の入退院を繰り返す様になりました。警察のお世話にも度々なるようになりました。車の事故を繰り返し、盗みを繰り返し、そんな自分の不平不満を両親に当たり散らしながら、自分を慰める様に薬物を使い続けました。

もう、レールを踏み外さずにバランスを取りながら生きる事も出来なくなっていました。僕の行いで、両親、兄弟も心を病んで行きました。

 僕の居場所は次第になくなり、ダルクに入寮することになりました。仕事を辞め、実家に帰ってきてから5年目の事です。


 今、施設に繋がってから4年が経ちます、施設での生活は、僕が忘れていた実に多くのことを思い出させてくれました。規則正しい生活の大切さ、仲間の中で生活することで、自分の中で自分を生きにくくしていた考えや行動を修正していく事、与えられた役割をこなして行く為の責任感、そして、何より、シラフでいることを楽しむこと、です。人生を楽しむという事、これは、生涯を通した自分のテーマになりました。


 今、思うことは、自分の未来はそんなに悲観する様なものじゃないな、と言う事です。

過ぎ去った時間は戻らないけど、前を見て生きていこう。今はそう思います。